大阪地方裁判所 平成9年(行ウ)88号 判決 1999年2月24日
原告
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
松井清志
同
松井千惠子
被告
国
右代表者法務大臣
中村正三郎
右指定代理人
山崎敬二
外六名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
原告が日本国籍を有することを確認する。
第二 事案の概要
一 本件は、原告が被告に対して日本国籍の確認を求めた事案である。
二 当事者間に争いのない事実
1 原告は、昭和二〇年八月一四日、朝鮮慶尚南道東莱郡沙上面周禮里<番地略>に戸籍を有する朝鮮人男性乙(以下「乙」という。)を父とし、当時埼玉県川越市大字川越<番地略>に本籍を有した日本人(内地人)女性甲野春子(以下「甲野」という。)を母として出生した。
2 乙は、昭和二五年九月八日、原告を認知した(以下「本件認知」という。)。
三 争点
本件の争点は、原告が本件認知によって日本の国内法上朝鮮人としての法的地位を持つに至り、昭和二七年四月二八日の日本国との平和条約(以下「平和条約」という。)の発効により日本国籍を喪失したか否かである。
1 被告の主張
(一) 平和条約による朝鮮人の日本国籍喪失について
原告は、以下のとおり、平和条約の発効と同時に日本国籍を喪失した。
(1) 平和条約二条a項は、「日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」と規定しており、これによって、我が国は、朝鮮に属すべき領土に対する主権(領土主権)を放棄すると同時に、朝鮮に属すべき人に対する主権(対人主権)をも放棄した。したがって、朝鮮に属すべき人は、平和条約の発効に伴い、日本国籍を喪失したことになる。
(2) 日韓併合前の韓国には民籍法があり、韓国国籍を持った人は民籍に登載されていたが、日韓併合後には、民籍法に代わって朝鮮戸籍令(大正一一年朝鮮総督府令第一五四号)が施行され、民籍に登載されていた人は朝鮮戸籍に登載されることになった。他方、元来の日本人は、戸籍法の適用を受けて、内地戸籍に登載されていた。このように内地人と朝鮮人とはその法的地位が区別されていたものであり、平和条約が、日本の侵略主義の結果を是正して侵略前の状態に戻し、朝鮮の独立によって再び朝鮮という民族国家を樹立することを趣旨とするものであることに鑑みれば、平和条約の発効によって日本の国籍を喪失する「朝鮮に属すべき人」とは、民族を基準として内地人と区別されていた朝鮮人としての法的地位を有する者、即ち、朝鮮戸籍令の適用を受け朝鮮戸籍に登載されるべき地位にあった人を指すものというべきである。
ところで、元来日本人であった者でも、朝鮮人との間に身分行為があったときには、共通法(大正七年法律第三九号)三条一項の「一ノ地域ノ法令ニ依リ其ノ地域ノ家ニ入ル者ハ他ノ地域ノ家ヲ去ル」という規定に従って、朝鮮戸籍に入籍して内地戸籍から除籍されたが、このような者も、法律上は元来の朝鮮人と同視され、内地人とは法的に区別された。したがって、元来日本人であっても、平和条約の発効前に朝鮮人との身分行為により内地戸籍から除籍され朝鮮戸籍に入籍すべき事由の生じていた者は、平和条約の発効とともに日本国籍を喪失するものと解すべきである。
(3) 共通法は、我が国が朝鮮、台湾等の外地に主権を有することを前提とする法律であって、我が国が平和条約の発効によりこれらの地域に対する主権を放棄するまでは、有効に存在していたものと解される(最高裁昭和三八年(オ)第一三四三号同四〇年六月四日第二小法廷判決・民集一九巻四号八九八頁、最高裁平成六年(行ツ)第一〇九号同一〇年三月一二日第一小法廷判決・民集五二巻二号三四二頁等参照)。もっとも、昭和二五年一二月六日付法務府民事局民事甲第三〇六九号各法務局長各地方法務局長あて法務府民事局長通達(以下「第三〇六九号通達」という。)によると、右達の発出日である昭和二五年一二月六日以後に朝鮮又は台湾と内地間において父子の認知が行われても、子の戸籍に変動を生じないこととするとされているが、右通達による戸籍の取扱変更は、昭和二五年七月一日に施行された国籍法(昭和二五年法律第一四七号。以下、これを「新国籍法」といい、同法附則によって廃止された国籍法[明治三二年法律第六六号]を[旧国籍法]という。)を適用したことによるものではなく、父の認知による子の戸籍の異動に関して父が内地人か朝鮮人かによって取扱を異にしていた従来の戸籍事務(父が内地人である場合は、父に認知されても、その子は当然には父の戸籍に入ることがなく、父の氏を称する届出をもって父の戸籍に入るのに対し、父が朝鮮人である場合は、父に認知された子は直ちに父の朝鮮戸籍に入ることとされた。)を、内地戸籍と外地戸籍相互間の異動を停止することによって統一する目的から行われたものであって、現に、朝鮮人父と日本人母が平和条約発行前に婚姻した後、その婚姻前の出生子を右父が認知した認知準正子については、右通達の前後にかかわらず、出生子は認知により当然に朝鮮人父の戸籍に入籍するものとされていた(昭和三八年七月一八日付戸甲第九一〇号東京法務局長照会・昭和三八年八月二六日付民事甲第二四八〇号民事局長回答)。したがって、朝鮮人父による内地人母の子の認知が、新国籍法施行後ではあっても、第三〇六九号通達が発せられる前に行われた場合には、当該子は、朝鮮戸籍に登載されるべき地位にあった者として、平和条約の発効により日本国籍を喪失するというべきである。
(二) 法例三〇条所定の公序良俗違反について
(1) 共通法二条二項において準用する法例三〇条(平成元年法律第二七号による改正前のもの。以下同じ。)は、「外国法ニ依ルヘキ場合ニ於テ其規定カ公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スルトキハ之ヲ適用セス」と定めているが、この規定の趣旨は、当該準拠法に従うならば、内国の私法的社会秩序を危うくするおそれがある場合に、右準拠法の適用を排除することにあり、したがって、外国法の規定内容そのものが我が国の公序良俗に反するからといって直ちにその適用が排除されるのではなく、個別具体的な事案の解決に当たって外国法の規定を適用した結果が我が国の公序良俗に反する場合に限り、その適用が排除されるものと解すべきである。
(2) 原告は、日本人母の非嫡出子として内地籍を取得したが、朝鮮人父の認知により、朝鮮民事令(明治四五年制令第七号。大正一一年制令第一三号による改正後のもの。以下同じ。)一一条により適用される朝鮮慣習及び共通法三条等によって父の朝鮮戸籍に入り、内地から朝鮮への地域籍の変動を生ずること(その結果、国籍の変動を生ずること)となったものである。しかし、内地戸籍と朝鮮戸籍が別々に存在する以上、内地戸籍に属する者と朝鮮戸籍に属する者との間で一定の身分行為がされた場合、右両名の所属する戸籍につき調整を図る必要が生じるのは当然であり、この場合、朝鮮戸籍に属する父から認知された内地戸籍に属する非嫡出子について、母の内地戸籍にとどまるものとするか、内地戸籍から除籍されて父の朝鮮戸籍に入籍するものとするかは、立法政策の問題であって、それ自体が直ちに個人の尊厳ないし男女平等主義に反するということはできない(最高裁平成六年(行ツ)第一〇九号同一〇年三月一二日第一小法廷判決・民集五二巻二号三四二頁)。したがって、原告が本件認知によって父の朝鮮戸籍に入ったからといって、我が国の公序良俗に反する結果になるということはできない。
(三) 共通法三条二項の適用について
(1) 共通法三条二項は、「一ノ地域ノ法令ニ依リ家ヲ去ルコトヲ得サル者ハ他ノ地域ノ家ニ入ルコトヲ得ス」と定めていたが、本件認知当時、日本国内に施行されていた民法(昭和二二年法律第二二二号による改正後のもの。以下、これを「新民法」といい、右改正前のものを「旧民法」という。)及び戸籍法(昭和二二年法律第二二四号による改正後のもの。以下、これを「新戸籍法」といい、右改正前のものを「旧戸籍法」という。)には、子が父の戸籍に入ることを禁止する規定はなかったのであるから、原告が内地の法令上家を去ることを得ざる者に当たるとして、共通法三条二項により朝鮮戸籍に入ることができないと解することはできない。
(2) 原告は、新国籍法によると、認知等の身分行為により国籍の変動は生じないこととされたのであるから、内地から朝鮮への地域籍の変動も生じないと解すべきである旨主張するけれども、内・外地間の籍の変動は、あくまで戸籍の変動であって国籍の変動ではないから、新国籍法の施行によって認知による内地から朝鮮への地域籍の変動が生じなくなる謂れはないというべきである。
(四) 原告の日本国籍の喪失について
(1) 本件認知当時、朝鮮人父が内地人母の子を認知した場合、当該子は、朝鮮人父の庶子となり(共通法二条二項、法例一八条二項、朝鮮民事令一条、一一条、旧民法八二七条二項)、戸主の同意を要することなく、当然に朝鮮人父の家に入る(父の戸籍に入籍する)ものとされていた(朝鮮民事令一一条、朝鮮慣習)。
(2) したがって、原告は、日本人母の非嫡出子として内地籍を取得したものの、本件認知によって朝鮮戸籍に入籍すべき者となったのであるから、平和条約の発効と同時に日本国籍を喪失したというべきである。
2 原告の主張
(一) 平和条約による朝鮮人の日本国籍喪失について
第三〇六九号通達は、朝鮮又は台湾と内地間において父子の認知が行われた場合についての従前の戸籍の取扱を改め、右通達後は認知によっては子の戸籍に変動を生じないこととしたものであるが、これは、新国籍法の施行により認知があったというだけでは国籍の変動原因とはされなくなったことに合わせて発せられたものであるから、新国籍法の施行日である昭和二五年七月一日以降は、認知による内地から朝鮮への籍の移動は生じないものと解すべきである。原告は、新国籍法の施行後に本件認知を受けたものであるから、朝鮮戸籍に入籍すべき者には当たらず、平和条約の発効により日本国籍を喪失しないというべきである。
(二) 法例三〇条所定の公序良俗違反について
朝鮮人父の認知によって庶子となった子が朝鮮民事令一一条により朝鮮慣習の適用を受けて父の家に入るとすれば、共通法三条等により、子は父の朝鮮戸籍に入り、母の内地籍から父の朝鮮籍への地域籍の変動を生ずること(その結果、国籍の変動を生ずること)になるところ、新国籍法によると、認知等の身分行為によって国籍の変動は生じないものとされたのであるから、右地域籍の変動は、「家」制度に立脚するものとして個人の尊厳と両性の本質的平等に反し、内地の公序良俗に反するものというべきである。したがって、新国籍法の施行後は、共通法二条二項において準用する法例三〇条により、朝鮮民事令一一条を適用することは許されないから、原告は、朝鮮戸籍に入籍すべき者には当たらず、平和条約の発効により日本国籍を喪失しないというべきである。
(三) 共通法三条二項の適用について
新国籍法によると、認知等の身分行為によって国籍の変動は生じないものとされたのであるから、内地から朝鮮への地域籍の変動も生じないと解すべきであり、新国籍法の施行後に朝鮮人父から認知を受けた子は、共通法三条二項所定の「一ノ地域ノ法令ニ依リ家ヲ去ルコトヲ得サル者」に該当するというべきである。原告は、新国籍法の施行後に本件認知を受けたものであり、内地の法令上家を去ることを得ざる者に当たるから、共通法三条二項により朝鮮戸籍に入ることはできず、したがって、平和条約の発効によって日本国籍を喪失するものではないというべきである。
(四) 原告の日本国籍の喪失について
前記(一)ないし(三)記載のとおり、原告は、朝鮮戸籍に入籍すべき者には当たらないから、平和条約の発効によって日本国籍を喪失するものではない。
第三 争点に対する判断
一 我が国は、平和条約により、朝鮮の独立を承認して、朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄したことに伴い(同条約二条a項)、朝鮮に属すべき人に対する主権(対人主権)を放棄したのであるから、朝鮮に属すべき人、即ち、それまで日本の国内法上朝鮮人としての法的地位を有していた人は、平和条約の発効により日本国籍を喪失したことになる。そして、朝鮮人としての法的地位を有していた人とは、朝鮮戸籍令の適用を受け、朝鮮戸籍に登載されるべき地位にあった人をいい、これには、元来の朝鮮人のみならず、元来日本人で朝鮮人との身分行為によって朝鮮戸籍に登載されるべき事由の生じた人も含まれる(最高裁昭和三〇年(オ)第八九〇号同三六年四月五日大法廷判決・民集一五巻四号六五七頁、最高裁昭和三三年(あ)第二一〇九号同三七年一二月五日大法廷判決・刑集一六巻一二号一六六一頁、最高裁昭和三八年(オ)第一三四三号同四〇年六月四日第二小法廷判決・民集一九巻四号八九八頁、最高裁平成六年(行ツ)第一〇九号同一〇年三月一二日第一小法廷判決・民集五二巻二号三四二頁参照)。
二 ところで、韓国併合後の我が国においては、内地、朝鮮、台湾等の異法地域に属する者の間で身分行為があった場合、その準拠法は、共通法二条二項によって準用される法例の規定によって決定された。そして、共通法三条一項は、「一ノ地域ノ法令ニ依リ其ノ地域ノ家ニ入ル者ハ他ノ地域ノ家ヲ去ル」とし、同条二項は、「一ノ地域ノ法令ニ依リ家ヲ去ルコトヲ得サル者ハ他ノ地域ノ家ニ入ルコトヲ得ス」としており、一の地域の法令上入家という家族法上の効果が発生するときには、他の地域においても原則としてその効果を承認して去家の原因とする旨を定めていたのであり、その結果、戸籍に関しても、一の地域の戸籍から他の地域の戸籍への移動という効果を生ずることとされていた。内地においては、新民法の施行により家制度が廃止され、身分行為によって「入家」「去家」という家族法上の効果が発生することはなくなったが、内地と朝鮮、台湾等が法令及び戸籍制度を異にする状態は、平和条約の発効まで継続したため、異法地域に属する者の間で身分行為があった場合の戸籍の連絡を定めた共通法三条の規定は、新民法の施行後も効力を失わず、平和条約の発効まで効力を有していたものというべきである(最高裁昭和三六年(オ)第一三九〇号同三八年四月五日第二小法廷判決・集民六五号四三七頁、前掲最高裁平成六年(行ツ)第一〇九号同一〇年三月一二日第一小法廷判決)。
三 そこで、これを本件についてみるに、共通法二条二項によって準用される法例一八条二項によれば、朝鮮人父が内地人母の子を認知した場合の認知の効力については、認知者である父の属する地域である朝鮮の法令が適用されることとされていたところ、本件認知当時、朝鮮において施行されていた朝鮮民事令一条、一一条及びこれにより依用される旧民法八二七条二項によれば、子は、朝鮮人父の認知により、その庶子となるものとされ、朝鮮民事令一一条及びこれにより適用される朝鮮慣習によれば、朝鮮人父の認知により庶子となった子は、戸主の同意を要することなく、当然に朝鮮人父の家に入る(父の戸籍に入籍する)ものとされていた。
前記第二の二の事実によると、原告は、昭和二〇年八月一四日、朝鮮人男性である父乙と内地人女性である母甲野との間の非嫡出子として出生し、昭和二五年九月八日、朝鮮人父乙から本件認知を受けたのであるから、本件認知によってその庶子となり、戸主の同意を要することなく、当然に朝鮮人父の家に入る(朝鮮人父の戸籍に入籍する)ことになったものというべきである。
そうすると、原告は、本件認知によって日本の国内法上朝鮮人としての法的地位を取得したということになるから、平和条約の発効に伴って日本国籍を喪失したものといわざるを得ない。
四 原告は、認知があったというだけでは国籍の変動原因としない新国籍法の施行後に発せられた第三〇六九号通達を根拠に、新国籍法の施行日である昭和二五年七月一日以降は、認知による内地から朝鮮への籍の移動は生じないと解すべきである旨主張するので、検討する。
1 昭和二三年一月一日に新民法及び新戸籍法が施行された後に内地、朝鮮、台湾等の異法地域に属する者の間で認知が行われた場合の内地戸籍の取扱については、内地人父が朝鮮人母の子を認知した場合は、内地に子の新戸籍を編製するものとされ(昭和二四年四月一二日付民事甲第八二三号民事局長回答、同月一八日付民事甲第八九八号民事局長回答、同年七月一九日付民事甲第一六四八号民事局長回答[乙一一])、他方、朝鮮人父が内地人母の子を認知した場合は、身分事項欄に認知に関する記載をするに止めて除籍しないものとされていたが(昭和二三年一一月一二日付民事甲第二一五五号民事局長回答、同年一二月一五日付民事甲第二三二一号民事局長回答、昭和二四年四月一八日付民事甲第八九八号民事局長回答)、その後、認知の記載と同時に除籍するものと改められた(昭和二四年一一月一八日付民事甲第二六九四号民事局長通達[乙五])。このような内地戸籍の取扱は、昭和二五年七月一日に新国籍法が施行された後も、同法の施行に合わせて発出された昭和二五年六月一日付民事甲第一五六六号民事局長通達(乙一二)によって、朝鮮人及び台湾人に関する国籍及び戸籍の取扱については新国籍法施行後も従前と異なるところはないものとされたことにより、そのまま維持された。
ところが、昭和二五年一二月六日に発出された第三〇六九号通達(乙六)によると、右のような内地戸籍の取扱は、今後はこれを改め、朝鮮又は台湾と内地間における父子の認知によっては子の戸籍に変動を生じないこととし、認知された子について内地に新戸籍を編製することなく又は内地の戸籍からその子を除くことなく、単に認知者たる内地人男又は被認知者たる内地人女の子の各戸籍の身分事項欄に認知の記載をするに止めることに一定するものとされた。そして、昭和二六年三月九日付民事甲第四二五号民事局長回答(乙一三)によると、右取扱の変更は、第三〇六九号通達が発出された昭和二五年一二月六日以降に実施すべきものとされ、その趣旨について、朝鮮人、台湾人の終局的な国籍の帰属が決定しない現在においては、朝鮮人、台湾人はなお日本国籍を有するので、右認知は直接新国籍法の対象となるべき事項ではなく、ただこれに関する戸籍の処理について同法の趣旨を考慮に入れてその取扱が定められているにすぎないとされている。
2 このように、第三〇六九号通達によって朝鮮又は台湾と内地間における父子の認知による内地戸籍の取扱が変更されたのは、新民法の施行後は、認知によって、「入家」という家族法上の効果が発生することはなくなり、子の氏の変更を生じて戸籍の変動が生じるということもないものとされたため、認知者が内地人であるためにその本国法たる新民法が準拠法とされる場合については、朝鮮戸籍から内地戸籍への移動を共通法三条のみによって説明することが困難となり、日本人たる子が認知によって外国の国籍を取得したときは日本の国籍を失う旨を定める旧国籍法二三条と同趣旨の条理によって右戸籍の変動が生じるという見解が有力となっていたことから、認知があったというだけでは国籍の変動原因としない新国籍法の施行により、従前の戸籍取扱を変更する必要が生じたと判断されたからではないかと推測される。
しかしながら、朝鮮人父が内地人母の子を認知した場合については、前記三で説示したとおり、認知者である父の属する地域である朝鮮の法令が適用され、それによると、子は、朝鮮人父の認知により、その庶子となり、戸主の同意を要することなく、当然に朝鮮人父の家に入る(父の戸籍に入籍する)ものとされていたのであるから、被認知者である内地人母の子は、共通法三条により朝鮮戸籍に入籍すべきであって、右戸籍の変動が新国籍法の施行によって影響を受ける謂れはないというべきである(最高裁昭和三六年(オ)第一三九〇号同三八年四月五日第二小法廷判決・集民六五号四三七頁参照)。
また、前記のとおり、朝鮮人及び台湾人に関する国籍及び戸籍の取扱については、新国籍法施行後も従前と異なるところはないとされていた(前掲昭和二五年六月一日付民事甲第一五六六号民事局長通達)のに、第三〇六九号通達による内地戸籍の取扱変更は、認知のみについて行われたにすぎず、朝鮮人父と内地人母が婚姻した後、婚姻前の出生子を父が認知した認知準正子については、第三〇六九号通達の前後を問わず、出生子は認知により当然に父の戸籍に入籍するものとされたし(昭和三八年八月二六日付民事甲第二四八〇号民事局長回答)、新民法の施行後、婚姻や養子縁組等の身分行為が「入家」という家族法上の効果を発生させず、必ずしも氏の変更をもたらさないものとされたのは、認知の場合と同様であるから、内地戸籍の取扱について、認知と他の身分行為の間でかかる差異を設ける合理的理由は見出し難いといわざるを得ない。
3 以上の諸点を勘案すると、第三〇六九号通達による内地戸籍の取扱の変更の当否については、疑問があるといわざるを得ず、本件のように新国籍法の施行から同通達発出までの間に、朝鮮人父が内地人母の子を認知した場合について、同通達の趣旨に沿って内地戸籍から朝鮮戸籍への移動が生じないものと解すべき法的根拠は存しないというべきである。
五 次に、原告は、新国籍法によると、認知等の身分行為によって国籍の変動は生じないものとされたのであるから、認知によって子が父の朝鮮戸籍に入り、母の内地籍から父の朝鮮籍への地域籍の変動を生ずること(その結果、国籍の変動を生ずる)ことは、「家」制度に立脚するものとして個人の尊厳と両性の本質的平等に反し、内地の公序良俗に反するものというべきであり、したがって、共通法二条において準用する法例三〇条により、朝鮮民事令一一条を適用することは許されない旨主張するので、検討する。
1 法例三〇条は、「外国法ニ依ルヘキ場合ニ於テ其規定カ公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スルトキハ之ヲ適用セス」と定めているが、この規定の趣旨は、当該準拠法に従うならば、内国の私法的社会秩序を危うくするおそれがある場合に、右準拠法の適用を排除することにあるのであるから、外国法の規定内容そのものが我が国の公序良俗に反するからといって直ちにその適用が排除されるのではなく、個別具体的な事案の解決に当たって外国法の規定を適用した結果が我が国の公序良俗に反する場合に限り、その適用が排除されるものと解すべきである。したがって、共通法二条二項において準用する法例三〇条の適用に当たっても、朝鮮地域の法令の規定自体が内地の公序良俗に反するからといって直ちにその適用が排除されるものではなく、朝鮮地域の法令の規定を具体的事案に適用した結果が内地の公序良俗に反する場合に限り、その適用が排除されるものというべきである。
2 そこで、かかる観点から本件をみるに、本件認知によって庶子となった原告が朝鮮民事令一一条により朝鮮慣習の適用を受けて父の家に入るとすれば、共通法三条等により、原告は父の朝鮮戸籍に入り、内地から朝鮮への地域籍の変動を生ずること(その結果、国籍の変動を生ずること)にもなる。しかし、内地戸籍を朝鮮戸籍が別々に存在していた当時において、内地戸籍に属する者と朝鮮戸籍に属する者との間で一定の身分行為がされた場合に、右両名の所属する戸籍につき調整を図る必要が生じるのは当然であって、朝鮮戸籍に属する父に認知された内地戸籍に属する非嫡出子が母の戸籍にとどまるものとするか、父の戸籍に入籍するものとするかは、基本的には立法政策の問題であって、そのこと自体が直ちに原告主張のように「家」制度に立脚するものとして個人の尊厳ないし男女平等主義に反するということはできない(前掲最高裁平成六年(行ツ)第一〇九号同一〇年三月一二日第一小法廷判決)。認知により母の内地戸籍を去って父の朝鮮戸籍に入ることは、結果的には平和条約の発効によって日本国籍を喪失することにつながるものではあるけれども、右国籍の変動は、我が国が平和条約により朝鮮に対する主権を放棄したことによって惹起されたものであって、異法地域間の身分行為に適用されるべき準拠法決定の問題とは直接関係しないものであるから、共通法二条二項において準用する法例三〇条の適用に当たり、平和条約の発効による国籍の変動そのものを考慮に入れる余地はないというべきである。
3 したがって、原告が本件認知によって父の朝鮮戸籍に入ったからといって、そのことが内地の公序良俗に反するということはできず、この点についての原告の主張は採用することができない。
六 さらに、原告は、認知等の身分行為によって国籍の変動は生じないものとした新国籍法の施行後に朝鮮人父から認知を受けた子は、共通法三条二項所定の「一ノ地域ノ法令ニ依リ家ヲ去ルコトヲ得サル者」に該当するから、同条項により朝鮮戸籍に入ることはできない旨主張するので、検討する。
1 共通法三条二項は、「一ノ地域ノ法令ニ依リ家ヲ去ルコトヲ得サル者ハ他ノ地域ノ家ニ入ルコトヲ得ス」と定めているが、この規定の趣旨は、異法地域間における戸籍の積極的衝突を防止するため、異法地域間で身分行為が成立した場合に、一方の地域で戸籍の移動が禁止されているときには、他方の地域における家族法的効果の発生を禁止し、戸籍の変動を生じないものとすることにあるものと解される。例えば、旧民法施行当時には、同法七四四条一項によると、「法定ノ推定家督相続人ハ他家ニ入リヌハ一家ヲ創立スルコトヲ得ス。但本家相続ノ必要アルトキハ此限ニ在ラス」とされていたため、内地人である法定推定家督相続人が朝鮮人との身分行為によって朝鮮戸籍に入籍することは、共通法三条二項の適用により許されないものと解されていた。
2 そこで、本件認知当時、内地法上、認知を受けた子が父の戸籍に入籍することが禁止されていたかどうかについてみるに、日本国内に施行されていた新民法及び新戸籍法には、子が父の戸籍に入ることを禁止する規定は存しないのであるから、原告が内地の法令上家を去ることを得ざる者に当たるとして、共通法三条二項により朝鮮戸籍に入ることができないと解することはできないというべきである(前掲最高裁平成六年(行ツ)第一〇九号同一〇年三月一二日第一小法廷判決)。確かに、本件認知当時施行されていた新国籍法によると、認知等の身分行為によって国籍の変動は生じないものとされているけれども、新国籍法は、単に認知等の身分行為によって自動的に国籍の変動を生ずることはないものとしているにすぎず、認知による国籍の変動を禁止する趣旨まで含むものではないし、そもそも、平和条約の発効前に朝鮮人父に認知された原告の戸籍の変動が新国籍法の施行によって影響を受ける謂われのないことは前記四で説示したとおりであるから、新国籍法において認知が国籍の変動事由とされていないからといって、原告が内地の法令上家を去ることを得ざる者に当たるということはできない。
3 したがって、この点についての原告の主張も採用することができない。
七 以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却する。
(裁判長裁判官水野武 裁判官福井章代 裁判官栗原三緒)